『アズミハルコは行方不明』ただただ古臭い - 作品の感想

アズミ・ハルコは行方不明

 女性の解放をテーマとした作品。男性による抑圧や、男性への依存からの脱却を主として、既存の価値観から自由になった女性の姿を表現している。

 主人公のアズミハルコは職場や家庭環境などから男性からの抑圧を感じつつ、それを内面化することで男性に依存するようになってしまった人として描かれている。彼女の成長と彼女を取り巻く人間模様から、自立した女性像を提示している。作品の肝であるテーマはしつこいほどに表現されていて、メッセージ性は強く感じました。 

 

 しかしいかんせん、若者の描き方がかなり古臭い。女子高生とかお馬鹿大学生とか、あんなのゼロ年代でも若干の加齢臭を感じるような表現だと思います。ファッションのダサさは既存の価値観からの逸脱として解釈すれば正当化されるとしても、女子高生ギャングは一種のカリスマとして、カッコよさを感じさせる存在じゃないといけないのではないかと思いました。あれではちょっと憧れの対象にはなりえないのではない。ファッションのダサさは既存の価値観からの逸脱として解釈すれば正当化されるのかもしれませんが、それにしてもダサすぎる。センスがオッサンのそれに近く、むしろ男の臭いを感じさせる。

 高畑充希が演じる女性のお馬鹿っぷりもしつこい。あそこまでやらなくても軽薄で他者依存心の強い人間は表現できるのではないかと。役者本人の演技は良かったと思いますが、キャラクター臭が強い。

 また、アズミハルコの同僚の女性のエピソードにもやや疑問を感じます。彼女はフランス人男性と結婚するということを高らかに宣言し職場を去っていきましたが、それは既存の価値観からの脱却ではなく、既存の枠組みのなかで勝利を収めたに過ぎないのではないかと。男性支配から勝利するためにフランス人男性という属性の威光を借りるのでは、作品のテーマに沿っていない気がするのですが、その辺りどういう考えなのかが気になります。

 アズミハルコが真に抑圧からの脱却を成し遂げた人として描かれているので、彼女と対比させる意味合いもあるのかもしれませんが、それでは職場の男性による抑圧(というか完全にセクハラ)の被害者である彼女に救いがないなあと感じてしまいます。

 

 全体として、描きたいテーマはハッキリしているのだけれど、基本的に役者頼りで表現力が追いついていないという印象を受けました。時間軸のシャッフルもあまり意義を感じず、視聴者を混乱させる以上の効果は無かったのではないかと思います。

 スマホ(LINE)が出てこなければ、そういう時代設定なのだと納得することもできたのですが、何から何まで古臭さを感じさせる小道具ばかりが出てきて、疑問符ばかり湧いてきて没入することができませんでした。