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『雲のむこう、約束の場所』新海誠作品の底流 - 感想

 

「雲のむこう、約束の場所」complete book

 

感想

    『ほしのこえ』に続く作品として作られた『雲のむこう、約束の場所』ですが、作品に漂う空気感や雰囲気は非常に素晴らしいものがあると思います。天門氏作曲のBGMも作品と非常にマッチしており、美しくもどこか悲しげで、繊細な登場人物たちの内面を表しているようです。

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©Makoto Shinkai / Comix Wave Films

    学校や工場といった現実的な舞台にありながらも、飛行機の開発という途方もないような目標やヒロインの無垢な美しさが、主人公達の周囲に独自の世界を作り出しています。 特に前半部分の描写に関しては、ユニオンの塔という得体の知れないものへの羨望とバイオリンの旋律が、寒々しい田舎に命を吹き込んでいくように感じられました。

    一方で、後半のシナリオはややゴチャゴチャしたものとなっているようにも感じられます。血なまぐさい銃撃戦の下りなどは、突然のテンポの切り替えに戸惑いを覚えてしまうのも確かです。また、SFやメカ的な要素が中途半端に挿入されていた点は残念に感じました。

 

映画と小説の差

    小説版は映画で語られていない登場人物の細かな心情にも触れられているので、三人の関係性や人間性により深く触れてみたい方はぜひ読むことをお勧めいたします。

    小説版は映画で描かれなかった部分にもスポットが当てられているので、映画から受ける登場人物の印象と、小説を読んだ上での印象とでは結構違いがあります。尺の都合上、映画ではストーリーに直接関わらない部分はどうしても捨象せざるを得ないので、観賞者の主観や個人的な体験で登場人物の人格を補ってしまいがちです。

 小説版を読んでみると、映画のなかでは非常に純粋で儚げにみえた人が、小説版では意外と毒々しかったり、ただ美しいだけではない生々しい人間らしさを持っていることがわかります。

 

他作品との関係性について

 後発作品の『秒速5センチメートル』や『言の葉の庭』などでは、大胆なストーリー展開を描くのではなく、登場人物の内面や空気感を丁寧に描写することにより、非常に美しい世界を生み出しています。

    とかく閉じた世界観が批判されがちな新海誠作品ですが、個人的にはそこにこそ彼の作品の魅力が詰まっているように感じます。描写する範囲を限定するからこそ見えてくるものもありますし、過剰なストーリー展開を避けることによって生まれる静謐さというのは得難いものであるように思います。

 最新作『君の名は。』ではこの辺りに変化がみられており、登場人物の内面が外界に向けて開かれているように感じました。新たな表現にチャレンジした素晴らしい作品であり、多くの人の心を捉えるのも納得というところなのですが、だからといって『雲のむこう、約束の場所』を含む過去作品での心情描写が未熟なものであったわけではないと思います。これはこれで完結した表現の仕方であり、『君の名は。』で得たものとは違う一つの到達点なのではなないかと思います。