映画『新感染』を観ての感想

 新幹線の車内に閉じ込められた状況でゾンビに襲われるというのは絶望的にも思える。しかし、ゾンビの習性をはっきりとルール化することで、主人公たちに突破口を与えているという点が興味深い。

 普通の人間と同程度に動けるゾンビ集団に大した工夫もなく立ち向かっていったり、一時離ればなれになるのを拒否することで集団全体を危険に晒すなど少々強引なシーンもみられるが、全体的には登場人物の行動に一貫性と合理性がある映画と言える。パニックを引き起こすために明らかな無能を登場させるような手法は取らず、あくまで個々の人物は自分ができ得る限り最大限の努力をもって困難な状況に立ち向かっていく。

 また、自分と娘の利益しか考えない投資ファンド勤めの主人公と、妊娠した妻を気遣いながらも周囲を切り捨てたりはしない熱い男の対比は、ベタではありながらも、観客を登場人物たちにうまく感情移入させることに成功している。

 

 一方、少し残念だったのは音楽の使い方である。役者陣の名演とシーンの切迫感で十分に心を揺さぶられているところに、さらに感動を煽ろうとするチープなメロディが大きな音量で流れ出すシーンが散見される。この点ばかりは少し不満だったかなという印象でした。

 

 とはいえ、全体的には満足感のある出来で、初めて韓国映画を観た私もほとんど違和感なく楽しめました。

『TAP the last show』陳腐なドラマも吹っ飛ばすタップダンスの迫力 - 感想(ネタバレなし)

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©2017 TAP Film Partners

 『相棒』シリーズの水谷豊が初監督兼主演を務める作品。かつてタップダンサーとして名を馳せたが、ショー中の事故により引退を余儀なくされた男の再生と、彼の周囲の人間模様を描く。

 

 簡単に全体の感想を述べると、タップダンスシーンと作品の色遣いは素晴らしいのですが、セリフやドラマ部分の陳腐さが目立つ作品でした。

 ストーリーの骨幹は、経営難で破綻寸前のショー座が最後の花道として、かつての名優であるワタリ演出による最高のショーを作っていく、というものです。演者として国内の気鋭の若手ダンサーを集め、彼らをマネジメントしていく苦労が描かれるわけですが、彼らの人生ドラマがいかにも記号的で、日本ドラマだなあとしか感じられませんでした。

 陳腐な恋愛ドラマや父親とのわかり易い確執といった、いかにも使い古されたり表現が多用されているシーンが薄ら寒く感じられます。

 また、クライマックス直前に作品内の映像を用いた長尺の回想シーンが挿入されるのですが、はっきりいって要りません。うんざりするような青春ドラマをもう一度みせられるのか…と席を立ちたい気分になりました。

 

 

 以上のような感じで、ドラマ部分については、はっきりいって退屈としか言いようがないのですが、それすら覆すレベルでタップシーンから得られる感動が凄まじいものでした。本物のタップダンサーによる長尺のダンス公演は非常に迫力があり、生でダンスを観ているかのような感動がありました。個人的には、太田彩乃演じるダンサーの美しさと強さが非常に魅力的に感じられました。

 

 オーディションにおけるワタリのスパルタぶりは映画『セッション』の講師のしごきを彷彿とさせるものがありましたが、作品が終盤に進むに連れていつのまにか柔和な性格になっていた点に困惑しました(笑)。

  おっさん連中のセリフが少々臭い感じなのは、バブル後の悲哀を表現するのに一役買っているようで、むしろ好感が持てました。

 総じて、ストーリー部分は古いテンプレをそのまま流用した形で面白みはないのですが、迫力のタップダンスだけで観る価値があると思わせる作品でした。『相棒』の水谷豊しかご覧になったことのない方は、眼鏡を外し髭をたくわえた渋カッコイイ水谷豊の姿に驚かれるかもしれません。

『ベター・コール・ソウル』シーズン3第9話「転落」ネタバレと感想

 薬のすり替えに成功したナチョはヘクターが早く発作で倒れるのを待ちますが、それより先に父親の会社にヘクターが乗り込んでくる可能性が高いという状況に陥ってしまう。ナチョは父親に対し、自分が未だヘクターの下で働いていることを告白し、彼から運び屋の仕事を依頼されても反抗しないように頼みます。

 

 

 一方ジミーは、老人養護施設のサンド・パイパーのクライアントに接触し、その案件がクローズした場合の自身の報酬が相当な金額であることを知る。しかし、案件を引き継いだHHMは訴訟金額を引き上げるために交渉を長引かせようとしている。資金繰りの苦しいジミーは一件を案じ、原告団代表の老人を友人たちから孤立させた上で、施設側とすぐに和解に応じれば、友人たちとの関係を修復できると唆す。

 

 自分を信頼してくれていた元クライアントを騙すという行為に走ってしまったジミーは、いよいよ小悪党としての一線を越えてしまった感があります。これまでの騙しの相手は、あくまで自分と敵対してきた人間や、騙されても仕方のないような欲深い人間たちでした。しかし、今回のジミーのやり口は非常に悪どく、ある意味「ソウル・グッドマン」の名にふさわしいものかもしれません。

 悪党でありながらも、堅気の父親だけは巻き込みたくないというポリシーを持っているナチョと、自分の利益のために周囲の無害な人間の足を引っ張るジミーという構図は、今回のエピソードでは非常に対照的です。

 

 

 賠償に関する説明会の時間が迫る中、徹夜で作業を行っていたキムは自動車事故を起こしてしまい、重傷を負う。一人では捌ききれない量の仕事を抱えてしまったことにより、重大なミスを犯してしまう。能力・実績ともに優秀な彼女ではありますが、ジミーへの気遣いと責任を背負い込んでしまいがちな性質が、今回は祟ってしまう結果になりました。

 今回の石油会社の案件はメサ・ヴェルデのクライアントからの紹介であり、ここでの失敗は、クライアントの顔に泥を塗ることに繋がってしまいます。これがメサ・ヴェルデ案件にも影響してしまった場合、オフィスの維持費用は、ジミーがサンド・パイパー案件の報酬から得た金に依存することになってしまう可能性もあります。

 それは、憎めないお調子者のジミーとしっかり者でプライドの高いキムという立場に変化が生じてしまうことを意味しており、二人の関係性そのものにも影響を及ぼしかねません。

 元々、キムが石油会社の案件を無理に引き受けたのは、ジミーの資金繰りが厳しいことを勘案した結果だと思われます。二人の事務所のためによかれと思って受けた案件が、皮肉にも不幸な結果をもたらしてしまうという状況は、責任感のあるキムにとっては耐え難いものでしょう。

 

 シーズン3も第9話まで放映され、いよいよ次回がシーズン3の最終回になります。ナチョと彼の周囲の人間がどのような結末を迎えるのか、キムとジミーの関係はどのようにして終わってしまうのか、といった点に注目が集まります。

『ベター・コール・ソウル』シーズン3第8話「転倒」ネタバレと感想

 弁護士としての収入が無くなってしまったことにより、行き詰まるジミー。奉仕活動の監督者を口八丁で騙したり、CM制作費の支払いを渋る楽器屋のオーナーから、事故を演出し高価な楽器をせしめるなど、かつて「滑りのジミー」と呼ばれていたころに再び近づいていく。弁護士として経験を積んだことにより、むしろその手口は巧妙化し、法を侵さない範囲で相手を騙すようになっている様子。

 キムに引け目を感じたくないがために何とか金を工面していますが、なかなか上手くいかず弱音が漏れ始めます。キムの仕事は順調に進んでいますが、チャックを気遣ってか、既に多忙なところに新たな案件を抱え込みます。

 

 チャックは裁判における一連の事件を通して、電磁波過敏症が自分の思い込みなのではないかと考え始める。医師とともに病気克服のための訓練を始めるようになり、一人で外出し、買い物もある程度こなせるまでになる。病気を克服し、弁護士として復帰することを目標とする彼だったが、医師からは焦らないよう忠告される。

 いよいよ電磁波過敏が精神的なものだと認めるようになったチャックですが、それは皮肉にも、ジミーがチャックを陥れようとした策略のなかで、ポケットに長時間電池を入れられていたことに気付かなかった、という事実からくるものです。裁判によって完全に決裂してしまった兄弟仲ですが、チャックの病気の回復は、彼が嫌っている弟のジミーによってもたらされているという点は、彼にとっては認めがたいものかもしれません。

 

 一方、ナチョは調達屋から仕入れた薬のカプセルを用いて、ヘクターの薬のすり替えを実行する。入念な準備と予行演習ののちに、すり替えに成功するが、これがどのような結末をもたらすのか。すり替えを行う際の手の震え、緊張感。ナチョを演じる俳優の演技力は鬼気迫るものがありました。

 本編の冒頭でヘクターは障害を負うことが明らかになっていますが、これがナチョの計画の成功によるものなのか、はたまたヘクターの暴走を抑えたいガスの手によるものなのかは、まだ分かりません。

 また、『Breaking Bad』本編ではナチョは登場していませんが、彼の身に一体何が起こるのかが気になるところ。父の経営する店があることを考えると、一人で逃げ出すことはできないはず。よって、ヘクター殺害計画がバレて始末されるか、ガスに何らかの形で利用される可能性もあります。

 カルテルの人員は抑えがきかなかったり、理不尽な要求を突きつけてくる人物が多いなかで、ナチョはわりとまともに話のできる人間です。もちろん犯罪組織のメンバーには違いないのですが、根っからの悪人とは言い難い面もあります。シリーズ内での人気も高いと思われる彼ですが、あまり良い結末を迎えるとは思えないのが辛いところです。

 

 一方、マイクは裏稼業で得た資金を孫たちが受け取れるよう、ガスに資金洗浄の依頼を持ちかける。ガスは協力することに合意し、二人は握手を交わす。

 

 徐々に本編での人間関係に近づいてきており、『ベター・コール・ソウル』シリーズの終わりが近いことを感じさせます。シーズン3は残すところ2話、現在のところシーズン4に関する発表はないようですが、人気を考えるとさらに延長される可能性は高いと考えられます。ただ、『Breaking Bad』本編も人気の絶頂のなかで終了していますし、製作者のなかにはシリーズをだらだら続けることに否定的な意見を持っている方もいる様子。

Better Call Saul Co-Creator on The Series' End

 あと2話でストーリーに決着をつけるのか、次シーズンで完結するのかが非常に気になるところです。あと2話で全てケリをつけるのは難しいようにも思えますが、『Breaking Bad』 の最終回のエピソードを観ても同じことは言えそうなので、あんまり当てになりませんね。

 

 

漫画『鬱ごはん』こんなに悲しいグルメ漫画があるだろうか - 感想

 『バーナード嬢曰く。』の施川ユウキによる作品。就職浪人生である根暗ぼっち系主人公の鬱々とした日々を、すごく不味そうな食事と共に描くグルメ漫画(?)。作者の実体験に基づく、ある意味リアリティに溢れた何の歓びもない日々の食事を描くことにより、過剰なまでの食事描写を用いる昨今のグルメ漫画界に一石を投じている。

 第一巻冒頭の0話で描かれる食事は、「ポケットに入っていた焼肉屋でもらったガム」。

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『鬱ごはん』一巻第0話「ナイト・ホークス」より

 

いかがだろうか。非常に虚しさの漂う光景である。そもそもグルメ漫画の冒頭でなぜガムをチョイスしたのだろうか。

 

 作品開始時には22歳であった主人公も、いつの間にか一巻途中の時点で26歳になっている。ネガティブなユーモアとともに軽く語られる主人公の生活だが、相当にやばい。フリーターとして生活しながら、何らキャリアを築くことなく歳を重ねていく彼。世間の時の流れをガン無視し、ただその場に留まり続けるその姿は、自分を飾り立てることに躍起になるSNS全盛時代において、鈍い輝きを放っている。

 作中にたびたび挿入される小心者にはあるあるなエピソードも、彼の悲しげな日々を彩るスパイスである。

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『鬱ごはん』一巻第11話「パスタ」より

映画『美しい星』謎だらけの複雑な作品 - 感想(ネタバレあり)

 当たらない気象予報士として有名な父。大学卒業後、フリーターとして冴えない日々を送る兄。大学内で孤立し、自分の美しさを持て余す妹。自己肯定が難しい彼らが、現実逃避の手段として利用したのが、自分が宇宙人だという設定でした。

 本作は自らを水星人だやれ金星人だと語り、自らも地球で暮らす当事者であることを忘れている彼らを表現することで、上から目線で環境や世界が抱えている問題について語ることに対し、警鐘を鳴らしているのではないかと考えられます。作中で黒木が語っているように、自然について距離をとって語る人間自身も自然の一部なのであり、まるで他人事のように環境について語ることは非常に違和感を覚える行為と言えるでしょう。

 

 一方で、家族4人のうち、母親だけは自身が宇宙人などとは考えることなく、地球人として日々を生きています。そしてしょうもないミネラルウォーターのマルチ商法に手を出します。扱っているミネラルウォーターが貴重な天然水であるというのは嘘だと発覚するわけですが、これによって彼女は自然を自らの都合よくビジネスに悪用する手法に触れることになりました。彼女は自然を悪用するビジネスに加担しつつも、その醜さを肌で体感する役割を担っているのだと思われます。他の家族が一歩引いた視点から人類の行いを批評しているのに対し、彼女だけは当事者として、地球人としラストシーンまで生き続けます。

 

  ところで、議員秘書を務める黒木の存在はどう捉えてよいのかが難しいところです。彼が持っていたスイッチは単なるおもちゃのようでしたが、彼が本当に水星人であるという可能性は捨てきれません。彼がスイッチを押したのは、既に環境問題は現実のものとして起こっており、すぐにアクションを起こさなくてはならないことを示していると思われます。しかし、彼のデモンストレーションがただの思い込みなのか、何らかの高度な知識に基づいた根拠あるものなのかは分かりません。彼の存在は本作最大の謎と言えるでしょう。

 

 黒木の正体に関しては鑑賞者の判断に委ねられるところですが、父兄妹の三人は地球人であり、自分が異星人であるというのはただの妄想なのだろう、というのが作品終盤まで観賞された方の大方の考えでしょう。しかし、ラストシーンでこれまでのストーリーが盛大にひっくり返されます。

 父親が実際に火星の宇宙船に乗り込み、そこから遙か遠い地球の家族を眺めているというどんでん返しがやってきます。三人が宇宙人であるというのは思い込みに過ぎない、というのがこれまでの流れでしたが、一転して本当に宇宙人であるという可能性を示唆するシーンに、観賞者は完全に置いてけぼりをくらいます。

 他の家族が宇宙人であるというのは思い込みに過ぎないのかもしれませんが、思い返してみると、異星人とのファーストコンタクト(と三人は思い込んでいる)シーンにおいて、父親だけは田んぼのど真ん中に突き刺さっているという合理的な説明が難しい状況にあったわけです。あれが火星人の仕業であるというのは否定できず、彼が繰り返し用いていた謎のポーズも、火星人との立派な交信手段だったのかもしれません。

  

 複雑な構造を持っており、なかなか理解することが難しい本作ですが、製作者が意図的にそのようにしたのであろうことは推測できます。鑑賞者の解釈の仕方によって如何様にも楽しめるという点が本作の魅力かもしれません。

映画『夜に生きる』映像の美しさは光るが、少し残念な作品 - 作品の感想

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©2017 Warner Bros. Japan LLC
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 『ゴーン・ガール』、『アルゴ』などで有名なベン・アフレックが監督・主演を務めたギャング映画。ならず者として生きる自分を肯定しながらも、完全な悪党にはなりきれない男の葛藤を描いた作品。一次大戦後のヨーロッパを舞台に、一介のチンピラから大規模な非合法ビジネスを取り仕切るまでに成り上がっていく男をベン・アフレックが演じています。

 

 俳優陣は非常に魅力的でしたが、肝心のストーリーや描写がいまいち深みに欠ける作品、といった印象です。人物の掘り下げもあまりなされていないため、登場人物たちのバックグラウンドや行動原理が少々理解しがたい点が残念でした。物語のキーとなる人物が尺に対して多いため、個人的には彼・彼女らの生き死にさほど興味がわきませんでした。もう少し登場人物を減らして、各人物に役割を集中させたほうが良かったのではないか、と思わずにいられません。

 映像の美しさと街の雰囲気の描写は特筆すべきものがあったため、脚本がしっかりしていれば素晴らしい作品になったかもしれない、勿体ない作品だったのかな、という感想です。

 レトロなギャング作品には名作が多いですが、そこに肩を並べるには至らないかったかと思います。正直メインとなるテーマもどこにあるのか分かりませんでした。

 作品内では「自由」や「支配への抵抗」といったワードが時折挿入されていましたが、警視正の息子として甘やかされてきた人間の戯言としか感じられない(終盤、かつての恋人との会話で指摘されている)ことから、思想的な成長を伴わないまま、成り上がってしまった男の悲哀を表現しているのかもしれません。最後に起きる悲劇の際にも、主人公はただただそれを嘆くばかりで、何故そのような事件が起こってしまったのか、という点に関する彼の葛藤は見られません。血で血を洗う激しい抗争と思惑の渦中にありながらも、そこから何かを学ぶことなく、まるで他人事のように語り継ぐ未熟な男の物語なのではないかと思いました。